私がサポートして公正証書で遺言書を残された方がおられます。先日お亡くなりになり、遺言執行者としての業務に着手しました。
今回の遺言書は、ご自身の財産のすべてを第三者に「遺贈寄付」するという内容です。生前、ご相談者からは「結婚しておらず、子どももいない」「兄弟もすでに他界し、その子どももいない」と伺っており、法的な相続人は誰もいないものと考えていました。そのため、比較的スムーズに執行業務が進むものと予想していました。
遺言執行者の最初の仕事:戸籍調査
遺言執行者に就任した者は、相続人や受遺者などの利害関係人に対して、遺言書の存在と自分が執行者に就任したことを通知する義務があります。この義務を果たすため、相続人が誰なのかを確認するべく、亡くなられた方の戸籍謄本を取り寄せて綿密な調査を行います。
私たち司法書士などの国家資格者は、受任した業務を遂行する正当な理由がある場合、「職務上請求書(2号)」という特別な様式を用いて戸籍謄本等を取得することが法律で認められています。今回もその手続きに基づいて相続人の有無を確認していました。
予想外の事実:隠れた相続人の判明
調査を進めたところ、亡くなられた方の相続人(ご兄弟)がお一人存在することが判明しました。
このようなケースは実務上、時々起こります。「生まれてすぐに養子に出された兄弟がいた」「何十年も音信不通の親族がいた」といったことは珍しくありません。今回も、ご相談者ご自身がその存在をご存じなかったものと推測されます。
遺留分と遺言執行の手続き
幸いにも、ご兄弟には遺留分(法律で認められた最低限の取り分)がありません。そのため、原則として遺言書の内容が優先され、財産は予定通り遺贈寄付されることになりそうです。(遺留分とは:裁判所ホームページ 遺留分侵害額の請求調停を参照)
しかし、相続人が存在するという事実が分かった以上、その方へ遺言書を開示しなくてはならない義務は変わりません。顔も合わせたことがなく、信頼関係も築かれていない相続人への通知は、実務上大きな緊張を伴います。
遺言執行業務の中で抱える精神的ストレス
遺言執行者にとって、相続人に遺言書の存在を知らせる遺言開示は最も神経を使う場面の一つです。
今回のケースで言えば、遺言書の内容をそのまま尊重するということは、法定相続人であるご兄弟の相続分が「ゼロ」になることを意味します。そのため、手続きへの協力を求めても拒絶される可能性も高く、場合によっては激しい非難や執行妨害のリスクも想定しておかなければなりません。
業務経験が20年を超えた今も、こうした通知を発送する際には少なからず精神的なプレッシャーとストレスを感じます。
送付する書面の「内容、表現方法、言葉遣い」にも神経を使います。何度も文章の内容を検討して校正をおこないます。事務局のスタッフにも読んでもらって「一般の人が書面を読んでどの様に感じるか」の感想をもらうこともあります。
幸いにもこれまでは強い妨害を受けることなく進められていますが、一歩間違えば深刻なトラブルに発展しかねないのが遺言執行の現実です。
トラブルを防ぎ、想いを確実に叶える遺言書作成の4つの注意点
こうした現場での経験から、ご自身の死後に無用な争いや混乱を少しでも避けるため、生前に遺言書を作成される方には以下の4点をお願いしています。
- 公正証書で作成する 自筆証書遺言に比べ、形式の不備による無効リスクがなく、偽造や変造を防ぐためにも最も確実な方法です。(日本公証人連合会「自筆証書遺言と公正証書遺言の違い」)
- シンプルで分かりやすい内容にする 「すべての財産を〇〇へ寄付する」など、解釈の余地を生みにくいシンプルな構成にすることで、執行時のハードルを下げることができます。
- 必ず「遺言執行者」を指定する 相続人以外の第三者や団体に寄付する場合、執行者が不在では手続きを進めることができません。専門家や信頼できる人をあらかじめ指定しておくことが不可欠です。
- 「付言事項」に想いを残す なぜこのような遺言書を書いたのか、その背景にある事情やご自身の心境を「付言事項」として自分の言葉で書き残しておきましょう。相続人の理解を得るための大きな支えになります。
せっかく時間をかけて作成した遺言書も、実現できなければ意味がありません。大切な想いを最後まで形にするためにも、事前の備えと丁寧な準備が何よりも大切だと日々感じています。

