法定相続分を守る司法書士の苦悩と実務
司法書士として多くの成年後見業務に携わっていると、ご本人のご両親やご兄弟が亡くなられ、相続が発生する場面に直面します。判断能力が十分ではないご本人の代わりに、私たちが遺産分割協議に参加しなければならないケースです。
実務の中で特に頭を悩ませるのが、法定相続分と言う「ご本人の利益を守ること」と「ご家族の意向や従来の慣習」との板挟みになるときです。成年後見人が参加する遺産分割協議は、「求められる職責」と「家族からの要請」との間で苦悩することが時々あります。
後見人が遺産分割協議に参加する際のルールとは
成年後見人がご本人の代わりに遺産分割協議に臨む場合、主に次の2つの大きな制約があります。
- 家庭裁判所の関与: 相続財産の分け方について、家庭裁判所の意見を聞きながら慎重に検討する必要があります。
- 法定相続分の確保: 原則として、ご本人の「法定相続分」を下回る遺産分割や、勝手な相続放棄は許されません。
地域やご家庭によっては、「長男がすべての財産を相続する」という伝統や慣習が残っていることも珍しくありません。成年後見人には裁量権がありますので、遺産分割について「法定相続分を確保しない」と言う判断も場合によっては正当化されることもあるでしょう。しかし、裁判所は成年後見人に対し、原則としてご本人のために「法定相続分以上の財産を確保すること」を強く要請しています。《裁判所ホームページより。『成年後見人・保佐人・補助人ハンドブック Q&A付』(Q13を参照)》
家族の絆と後見人の職責:現場でのリアルな葛藤
実務を行っていて最も苦心するのが、家族間の円満な話し合いと、成年後見人としての職責の間で板挟みになるときです。
例えば、父親が亡くなり母親がご存命のケースを考えてみます。ご家族の間で「残された母親の生活を考え、今回は母親に財産をまとめよう」と話し合われるのは、家族の情として非常に自然であり、納得感もあるでしょう。
しかし、成年後見人が選任されている場合は、この円満な合意に「待った」がかかります。 母親に財産を集中させると、ご本人の取り分が「法定相続分」を下回ってしまうからです。
法律上、法定相続分はご本人が持つ正当な権利です。理由なくこれを下回る分割は、「ご本人の権利侵害」とみなされることがあるのです。
法定相続分を下回る協議を求められたら
このような家族の合意に協力する場合、成年後見人は少し高いハードルを越えなければなりません。
- なぜ法定相続分を下回る必要があるのかという合理的な理由。(遺産の内容、被相続人との関係性、地域慣習、他の相続人との関係性などから総合的に検討)
- 財産を減らしても、ご本人の今後の生活に経済的な支障が出ないことの説明。
「昔からの慣習で長男が面倒をみる約束だから」という理由だけでは、裁判所の理解を得ることはできません。時として、成年後見人はご本人の権利を確保するため、ご家族の意向と真っ向から向き合い、意見をぶつけ合わなければならない場面もあります。
丁寧な対話で乗り越える遺産分割協議
私の事務所では、幸いにもこの問題でご家族と深刻な紛争に発展したケースはありません。それはひとえに、「なぜ、ご本人に法定相続分が必要なのか」をご家族に時間をかけて丁寧にご説明し、ご理解をいただいているからです。周囲の支援者やご家族の温かいご厚意とご協力のおかげで、これまで円満な協議を整えることができています。
なお、例外的に「法定相続分を下回る協議」が全くできないわけではありません。過去には、様々な特段の事情を考慮し、裁判所と丁寧に協議した上で、ご本人の相続分をゼロとする遺産分割協議に応じた実例もあります。ただし、これはあくまで異例であり、あらゆる事例に当てはまるものではありません。
まとめ
成年後見人が関与する遺産分割協議は、法律上の「法定相続分の確保」というハードルと、ご家族が持つ「これまでの絆や意向」との調整というデリケートなバランスの上に成り立っています。
すこし月並みな言葉になってしまいますが、ご本人の権利を守りつつ、ご家族全員が納得できる着地点を一緒に探して行くしかないと思っています。

