想定外の「潮目の変化」
ご相談者である奥様にはお子様がおらず、配偶者であるご主人が亡くなられたことで、不動産の相続登記の依頼をうけました。
生前からご夫妻とは面識があり、何度か遺言書作成のご提案をしていましたが、結局作成には至りませんでした。法定相続人を調査したところ、奥様と、亡くなられたご主人の兄弟姉妹3名という構成でした。
奥様は「長年交流があったのだから、手続きに協力してくれるはず」とのお考えでした。しかし、ご主人の逝去という事実は、ご親族間の「潮目」を大きく変えてしまいます。ご主人の生存が前提だった関係性は、ご逝去と同時に他人同然の距離感へと変化することも珍しくありません。奥様が考えに対し、ご親族の協力を取り付けることに難航し、手続きは半年ほど停滞していました。
司法書士の「越えてはならない一線」(紛争介入)
ご親族が相続手続きに協力的でないと、ご依頼主から強い憤りや困惑を相談されることが多々あります。しかし、司法書士は紛争の当事者、あるいは特定の相続人の代理人として遺産分割協議に介入することは法的にできません。
本件では、いくら奥様が困窮されていても、専門家として果たすべき役割を逸脱することはできません。私はこの時、信頼できる弁護士を紹介することも含め、線引きを明確にしながら奥様の意向を待つこととしました。
「調整者」として関わる意義
あれから半年ほどたった先日、奥様から再び連絡がありました。「自宅を売却し、売却代金を法定相続分で分け与えることで解決したい」という提案です。幸い、ご親族にとっても売却代金としての現金化は悪い話ではなく、建設的な方向性が見えてきました。
ここで私は、特定の代理人ではなく、相続の公平中立な「調整者」になり遺産承継業務として関与できないか検討しました。ただし、この役割には厳格なルールもあります。
- 業務の限界: 意見の対立が避けられないと判断した時点で、即座に業務を中止しなければならない。
- 中立性の保持: 一度中止となれば、以降はその事案に関わる誰の相談にも応じることができない。
調整に失敗した場合の代償も大きいと言えます。この業務は、極めて高い緊張感と、事案の全体を冷静に見る眼差しが必要だと思います。
初動としての「書面による意見集約」
今回、私はご主人の葬儀に出席した経緯から、ご親族と面識があったという経緯もあり、私はご親族へ向けた書面を作成しました。誰か一方の代理人ではないこと、争いになれば即座に撤退し、以後は誰の味方もしないこと——。こうした条件を冒頭に示し、アンケート形式で丁寧な意見集約を図ることで、調整者としての第一歩を踏み出しました。
調整者として、いかにして穏やかな解決の着地点を見出すか。専門家としての知恵と品性が問われるような気がしています。

