「自分が亡くなった後のことなど考えたくない」 そう思われる方も少なくありません。しかし、身寄りのない方や、ご近所に迷惑をかけたくないとお考えの方もいるでしょう。その方にとっては、亡くなった後の手続き(死後事務)をどうするかはデリケートな問題です。
約8年前に死後事務委任契約を結ばれた方がおられました。先日その方のお見送りが、四十九日を迎え無事に納骨まで完了しました。
「あと腐れなく、きちんとした人にお願いしたい」という思い
今回お見送りした方は、ご親族は全員他界されており、頼れるご身内はいらっしゃいませんでした。
ご近所付き合いはあったものの、「亡くなった後の事務を近所の方にお願いするのは、頼む方も頼まれる方も負担が大きい。」
「それなら、あと腐れなく、お金を払ってでも『きちんとした人』にお願いしたい」というお考えのもと、担当のケアマネジャーさんを通じて私の事務所にご相談にいらっしゃいました。
その方は非常にさっぱりとした性格で、生前戒名を自分で決められるなど、ご自身の宗教観や死生観をしっかりとお持ちでした。人間的にも大変魅力的な方で、私も「ぜひお手伝いさせていただきたい」と感じ、念入りに面会を重ねてご意向を反映した契約書を作成したのを覚えています。
長いお付き合いで知り得た価値観、ブレのない死後事務
死後事務委任契約の締結をきっかけに、その後は遺言書や財産管理のことにも関与させていただくことになり、定期的に何度も面会を重ねました。多い時には月に1回以上面会したと思います。この方の生き方からは多くの「気づき」をいただいたように思います。
死後事務は本来、契約書に定めた目的を達成するため厳格に合理的に処理されるべきです。ただ事務の進め方については、「この方ならきっとこうするだろう」という意思の推測のもとで柔軟に対応しました。約8年という長いお付き合いの中で、その方の価値観や人となりが大体わかっていたからこそ、良い意味でブレることなく、自信を持って手続きを進めて行けたと思います。
物に執着しない方で自分の火葬に際して棺桶に収めて欲しい物のみ、はっきり指定しておられました。そして、それ以外の物はすべて処分して欲しいと指示して下さっていました。また自分の死去した事実を連絡して欲しい人物をはっきりと定めておられ、すみやかに連絡を行うこともできました。
当初は誰も参列者が無いと予測していましたが、ご近所の方が何人も参列して下さり、この方の人柄を表していると感じられる葬儀だったと思います。
四十九日を終えて、寺院での納骨へ
お亡くなりになられてから四十九日が過ぎ、死後事務委任契約に記載された通りの宗式と寺院にてご供養を行い、無事に納骨を済ませました。
生前にお聞きしていたご希望や価値観に沿って、「あとじまい」を滞りなく進めることができていると思います。
死後事務委任を通じて「生きた証」を残すことも
「自分が亡くなった後のことなど考えないし、考えたくもない」 と言うお気持ちも、よく理解できますし否定もしません。
ただ、死後事務委任という制度を通じて「自分の死生観や考えを信頼できる人に伝える」ということは、単なる事務的な手続きの委託だけではなく、結果として「自分の生きた証を残す」ことにつながるのではないか――。今回のお見送りを通じて、その様なことを改めて感じさせられました。

